風のガーデン第10話 ユーフォルビア
貞美に死期が迫っていた。一方白鳥医院では貞三(緒形拳)とルイ(黒木メイサ)が貞美について話していた。貞美が家に帰ってきたら岳(神木隆之介)が使っている元貞美の部屋を提供し、父親が死んだと思っている岳には貞美を“大天使ガブリエル”と思わせたまま、さゆり(森上千絵)の住む旭川に預けることを決める。
障害をもって生れてきたが故に岳は一度も父親の存在を知らされぬまま富良野を去ることになるのだろうか?私は岳がかわいそうでならない。それは彼が障害をもって生れてきたからではない。そのために周囲の人間たちが勝手に彼の人生を決めてしまっていることがである。そもそも親子の関係は頭で考えて理解できるようなものではない。現に親子の関係を頭で考えてしまった貞三は大きな過ちを犯してしまったのだ。私は岳が一番親子という関係を素直に受け入れられるのではないかとさえ考えている。天使の存在でさえ何の疑いも持たずに受け入れることができたのだから・・・貞三やルイは岳のことを思いやってのことには違いないのだが・・・
ガーデンでは貞美が岳の花講義を聞いていたが、痛みに耐えかねキャンピングカーに駆け込んでいく。その姿を遠くから見つめていたルイとエリカ(石田えり)は場所を移し、これから貞美にどう接するべきかを話し合う。ルイが貞三から聞いた、娘とバージンロードを腕を組んで歩きたいという貞美の夢を話すとエリカが嘘の結婚式をあげようと提案する。あまりに唐突な提案に笑い出すルイだが、エリカは真剣だ。ふたりは修(平野勇樹)の元へ向かい、事情を話して1日だけと念を押しながら新郎役を頼むのだった。
家に戻って貞三に成り行きを話し、挙式は9月3日にガーデンで行うことになった。これはいかにも無理のある設定である。貞美はルイと修のやりとりを既に目にしているのだし、妻子ある男とのことも貞美には話しているのだから、貞美が自分のための偽装だと気付かないはずはない。そんなことをすればルイも貞美の病気を知っていると告げているようなものだと思うのだが・・・生前葬といいこの偽装結婚式といい、人の善意から生じた失敗は多めに見ようという、いかにも倉本聰らしい発想だ。
貞美は再三二神に手招きされる夢にうなされるようになっていた。そんな貞美を、訪ねてきた貞三が起こした。家に帰る件はもう少し考えさせて欲しいと言う貞美に、貞三は「実はお前に黙っていたことがある」と、ルイの結婚が近いことを話した。ルイは自分の病気のことを知っているのかと問う貞美に、貞三はまだ伝えてはいないと答えるのだった。またまた貞三の嘘が重なった。ルイとバージンロードを歩いて欲しいと頼まれ引き受ける貞美。そして結婚式後には家に戻ることも約束する。ここでは既に親子の関係が入れ替ってしまっているように私には思えた。それこそが真の親子の姿なのかもしれないのだが・・・さらに貞三は岳をしばらく旭川の上原ファームに行かせることにしたので「さりげなくあいつと別れてやってくれ」と貞美に頼むのだった。その理由を貞三はルイの結婚を岳に理解させるのには時間がかかるためだと答えている。相手のことを思いやるあまり、嘘に嘘を重ねてゆく貞三。彼は多分典型的な昔気質の日本の医者だからだろうと私は思っている。彼は患者に決して死の告知はしないにちがいない。
翌朝、手作りのスープを運んできたルイは結婚しても自分は富良野に残ると貞美に話す。貞三の話とは明らかに矛盾すると貞美は直観したはずだ。さらに結婚式の衣装はエリカが担当することを聞いた貞美は、いぶかりながら小玉理容院を訪れる。ルイの結婚のことをいつから知っていたと問いただす貞美。ルイに頼まれて黙っていたと芝居をするエリカ。洋装か和装かと問う貞美。ウエディングドレスだと聞き、自分の衣裳も一緒に頼むと言う貞美。そんな時、店に流れていたラジオからヒット中の氷室茜(平原綾香)の歌う「カンパニュラの恋」が流れてきた。茜との別れの時にはおそらく自分がこの曲を耳にすることはないだろうと思っていた貞美は胸を熱くする。彼女の曲がヒットした喜び。ふたりで過ごした時間。そして死に行く自分。そうした様々な想いが貞美のこころに一機に去来していたに違いない。このドラマのエンディングに流れていた「ノクターン」の日本語バージョンが「カンパニュラの恋」だった。
キャンピングカーに戻ってきた貞美は、水木に電話をして持続的硬膜外ブロックの処置を依頼する。貞美はルイの結婚式があること、そしてそれがルイや貞三による芝居であることを察知しているが騙されることにしたと水木に告げるのだった。
そして、岳が旭川へ行く日がやってきた。いつになく不機嫌な様子の岳に貞美は事情を尋ねるのだが、岳は大人の都合で自分が急に旭川に行かされることになったと告げる。貞美も自分も天国に戻らなければならなくなったのだと岳に告げた。“大天使ガブリエル”との別れにパニックを起こした岳を貞美は懸命に追いかけて、強く抱きしめる。「大丈夫」と繰り返して岳をなだめる貞美。貞美の目からは涙が溢れていた。落ち着きを取り戻した岳に貞美は「母さんが好きだった乙女の祈り」を弾いてほしいと岳に頼むのだった。ピアノを弾きながら貞美の体から伝わったぬくもりを岳はどう受けとめたのだろう。
さゆりとルイに連れられ、車で去っていく岳。ガーデンの脇の生垣に腰掛けて岳に手を振る貞美。これが父と子の永遠の別れになってしまうのだろうか?だとしたらあまりにも酷い別れではないだろうか。たとえいくら時間がかかったとしても岳にはきちんと説明をする責任が貞三にはあるはずである。貞三がいつまでも岳の面倒を見られるわけではないし、ルイもいずれは岳と離れて暮らさなければならない時が来るのだ。その時、彼に生きる力を与えるものがあるとすれば、あのたった一度の父親の抱擁かもしれないのだ。
人生における時間とは個々に絶対的なものであって、ある人の1分を他の人の1年と単純に比較することはできないと私は考えている。その「刹那」が人の人生を大きく変えてしまうことがあるのだ。そして「天使の抱擁」か「父親の抱擁」かが岳の一生を大きく左右することがあるかもしれない。そう考えると私はたまらなく悲しい気持ちになる。本当に岳のことを考えるのなら事実を伝えるべきだと私は考えている。確かに、岳にとってはショックなことに違いないが、その苦しみを共に乗り越えて行くのが本当の家族というものではないのか。欧米人ならほとんどの人々がそう考えるに違いない。
そこにこそ日本人的な美徳を見出す人もいるのだろうが、私はそれが人として正しいことだとはどうしても思えないのだ。日本には昔から子供は人間として扱われないという風習があった。そして、現代に至っても子供には充分な判断能力がないとして、15歳未満の臓器提供を禁じている。嘘をつくことは悪いことだと教えながら、そう教えている大人たちが平気で子供のためだと嘘をつき、何の罪悪感も抱いていない。それが日本というお国柄なのだ。
日本には神のような絶対的な規範が希薄だ。そのため大人が勝手に決めた規範を子供たちに押し付けているような気がしてならない。子供もひとりの人間と考えれば、大人と同じ扱いをするべきであろう。大人は一方的に子供を守っている気になっているようだが、それは大人の勝手な思い込みだ。嘘で固められた社会のなかで子供を守れるはずなどないはずである。
そして、ルイの結婚式の日になった―――。
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